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1869年に初のプロ野球球団シンシナティー・レッドストッキングスが誕生し、71年には最初のプロ野球リーグであるナショナル・アソシエーション・オブ・プロフェッショナル・ベースボール・プレイヤーズが結成される。
ベースボールがこのように振興するのは土着のアメリカ人にとって非常に歓迎すべきものであったようだ。
スティーブン・A・リースは、「新たにアメリカにやって来た移民者、特にその子息たちの文化受容は、野球の儀式に参加(観客として)することによって助長されたのである。・・・・・・中略・・・・・・土着のアメリカ白人たちは、審判の権威を認めるといった単純な行動を市民として学ぶ有益な教訓とみなした。というのも、東ヨーロッパや南ヨーロッパから多くの移民がアメリカの都会に押し寄せてくるため、祖国の将来を案じ、恐れていたためである」と述べている。
そして同化したアメリカ人たちもリースの言う「野球の儀式」に参加することで愛郷心が高まり、選手たちや地元チーム自体を自慢に思うようになった。これはリースによれば、同化したアメリカ人たちが、自分たちが持っている価値観や信念が、社会的な大変革が起こっていた時代にも関わらず、野球場やグラウンドでは首尾よく実現されていたためであり、さらに野球場では、あらゆる階層の白人たちが隣同士に座ることができたので、富裕とは言えない階層やエスニック・グループからなる観客も自分たちが誰にも劣らず重要だと感じることができたためと言う。午後の数時間の間に、彼らは「アメリカの夢」のひとつを実現できたわけである。
ベースボールはまた、「若者を教化し、社会の流動性に寄与する」という役割をはたした。スター選手は若者たちの手本となり「人生のチャンスに恵まれていなくても、才能があり、努力家でありさえすれば仕事が提供される」ことを示す義務があった。かつては辺境や家族農場で教えられた教訓や伝統的価値観が、いまや野球を通じて青少年に示されることになったのである。
19世紀の大リーグにも、ウィリー・キーラーやキャップ・アンソン、ダン・ブロウザーズ、そしてサイ・ヤングといった花形選手が現れたが、20世紀に入りルールやリーグ体制が整備されるようになるとアイドルのパターンも真に確立されるようになる。
本サイトで取り上げるタイ・カップが本格的な最初のアイドルであると考えられる。当代最高の強打者であった彼は、それまであった記録を次々に打ち破ることで、スマート且つ成績優秀というアイドルのパターンを作った。現役時代の間に伝記映画まで作られ([サムウェアインジョージ」、1920年、ジョージ・リッグウェル監督)、実際には社会的には好ましくない言動があっても、マスコミがそれをピックアップすることが少なかった。彼は当時は、日夜練習に励んでいたと紹介され、仕事で成功を収めたいと願っている人々の良き手本とされ、努力の貴重さの体現者とされた。当時の少年たちは、アイドル選手たちは酒やタバコもやらないと信じていて、選手の真似をする事を徳行としていた。
さらに少年たちは、審判の格好をすることで権威を尊重することを学んだり、チームのために犠打を打つといった経験をすることで、利他心や強調心を教えられていった。
←1890年代から1900年代にかけて活躍し、
狙い打ちの名手と言われたウイリー・キーラー
1920年代のグラウンド風景→
「才能があり、努力をする者であればチャンスは与えられる」という機能はまた、アメリカにとってひとつの「貢献」をした。この機能によって多くの少年がアメリカを誇りに思うようになった。例えば、自分と同じエスニック・グループの出身者がグラウンドの中にいる、ということが役割モデルとして働き、このスポーツは個人の長所を根拠にして人を雇うのだということを示し、希望を与えた。
この流動性は、ベースボールが持つ様々な機能のなかでも数少ない、数量を明確に示すことができるものである。メジャーリーガーの、実に3分の1は労働者の家庭から出ていた。20世紀初頭の大リーガーを例に採ってみると、ベーブ・ルースの恵まれない少年時代はよく知られているし、「ヤンキースの誇り」と言われたルー・ゲーリッグはスラム街の出身である。さらにはナショナル・リーグで8度の首位打者に輝いたホーナス・ワグナーや、1901年に三冠王を獲得したナポレオン・ラジョイは移民の子供である。野球は下層の子供たちや移民の子弟にも働く場を与えたと言えるだろう。

↑20世紀初頭を代表する3人の強打者、
左からジョー・ジャクソン、タイ・カップ、ナポレオン・ラジョイ
これにより、副産物的な効果ではあるが、ベースボールはキャパシティの広い世界になった。野球は富裕なもの、賢いものだけを受け入れるスポーツではなくなっていった。やがてマスコミが選手の実像をファンに伝えるようになると、タイ・カップやベーブ・ルースのような「何をしでかすかわからない奴等」の怪物伝説が誇張されて伝わるようになり、今度はそれがアメリカ国民のカタルシスになっていった。
「野球選手の魅力は業績だけではない」ということを、彼らは示していったのである。野球は、過去の亡霊と交信をするだとスポーツと言われる。それは昔の選手の記録やエピソードを覚えておくことが野球ファンにとっては重要なことだからである。これは世界のどのメジャースポーツと比べても強い傾向である。
「フロンティア時代から続く価値観と選手たちの人間ドラマが織り成す夢」、それがアメリカにおける野球の現代の、そしてこれからも変わらない姿と言えるだろう。
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